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東京地方裁判所 平成4年(特わ)451号 判決

本籍

長野県南佐久郡臼田町大字入澤三三〇三番地

住居

東京都渋谷区代々木四丁目二八番八―七〇六号

元団体役員

三戸部郁文

昭和一四年四月六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、弁護人赤松幸夫、同相原英俊各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区代々木四丁目二八番八―七〇六号に居住し、不動産売買の仲介及び立退交渉等を行い、手数料収入を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右仲介手数料収入につき、他人名義の領収証を相手方に交付し、あるいは貸付金の返済であるかのように装うなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和六一年分の実際総所得金額が四九万一四九四円で、分離課税の土地等の雑所得金額が四億一三二六万九七〇〇円(別紙一の1の所得金額総括表及び修正損益計算書のとおり)であったのにかかわらず、右所得税の納期限である昭和六二年三月一六日までに東京都渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署長に対し、所得税額確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三億〇四二六万四九〇〇円(別紙二の1の脱税額計算書のとおり)を免れ、

第二  昭和六二年分の実際総所得金額が二九六万一六六二円で、分離課税の土地等の雑所得金額が二億四一八五万八三三八円(別紙一の2の所得金額総括表及び修正損益計算書のとおり)であったのにかかわらず、右所得税の納期限である昭和六三年三月一五日までに、前記渋谷税務署長に対し、所得税額確定申告書を提出しないで、右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億六〇七六万〇四〇〇円(別紙二の2の脱税額計算書のとおり)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述書(検乙一、二、四ないし六)

一  水渓昌秀(検甲二三)、田中宗招(検甲三三)、吉村文雄(検甲三四)、森田尅視(検甲三六)、小林健太郎(検甲三九)、木下重雄・木下典彦こと朴漢洪(検甲四六)、安藤修(検甲四七、五二)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の仲介手数料収入(総合課税の雑所得)調査書(検甲一)

一  大蔵事務官作成の仲介手数料収入(分離課税の土地等の雑所得)調査書(検甲二)

一  検察事務官作成の捜査報告書(仲介取引物件について)(検甲三)

一  検察事務官作成の捜査報告書(仲介取引物件の資金の流れについて)(検甲四)

一  検察事務官作成の捜査報告書(仲介手数料収入の金額について)(検甲五)

一  大蔵事務官作成の雑収入調査書(検甲六)

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書(検甲七)

一  検察事務官作成の捜査報告書(支払手数料の金額について)(検甲八)

一  大蔵事務官作成の交際費(総合課税の雑所得)調査書(検甲九)

一  大蔵事務官作成の交際費(分離課税の土地等の雑所得)調査書(検甲一〇)

一  検察事務官作成の捜査報告書(交際費の金額について)(検甲一一)

一  大蔵事務官作成の支払家賃(総合課税の雑所得)調査書(検甲一二)

一  大蔵事務官作成の支払家賃(分離課税の土地等の雑所得)調査書(検甲一三)

一  検察事務官作成の捜査報告書(支払家賃の金額について)(検甲一四)

一  検察事務官作成の捜査報告書(所得税額の計算について)(検甲一五)

一  検察事務官作成の捜査報告書(所得控除の金額について)(検甲一六)

一  検察事務官作成の電話聴取書(検甲五八)

判示第一の事実について

一  柴崎信男(検甲一七)、森山忠男(検甲一八)、加藤てる子(検甲一九)、河原昭男(検甲二〇)、堀越晴雅(検甲二一、二二)、小林末(検甲二四)、長岡誠(検甲二八)、吉村文雄(検甲三五)、岩崎孝行(検甲三八)、田辺達夫(検甲四〇)、蓮沼功(検甲四一)、木下重雄・木下典彦こと朴漢洪(検甲四二、四四)、安藤修(検甲四九、五一、五五)の検察官に対する各供述調書

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(検乙三)

一  仲野茂男(検甲二五)、池田正一(検甲二六)、長岡誠(検甲二七)、萩原誠子(検甲二九)、伊藤智恵子(検甲三〇)、長谷川恵子(検甲三一)、森田尅視(検甲三七)、木下重雄・木下典彦こと朴漢洪(検甲四五)、安藤修(検甲四八、五三、五四、五六)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の報告書(検甲六一)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件犯行は、昭和六一年、同二年の二年度にわたり、全く申告をせずに合計四億六五〇二万五三〇〇円を脱税した事案である。

右金額は、近時極めて高額のほ脱犯が頻出したものの、なお高額の範疇にあり、しかも全く申告をしないという点で悪質事案であるといえる。そして、被告人は、他人の税務調査に関して聴取された際に自らも納税を行うかのような口吻を漏らしたことはあるものの、自ら税務署に積極的に赴こうとしたこともなく、平成元年一二月二七日に至って二年度の合計所得が六九五〇万円、税額が二八一〇万八八〇〇円とする期限後申告をしているにすぎないのであって、健全、誠実な納税意識は希薄であったものと判断せざるを得ない。ほ脱の手段・方法については、多数の架空領収書を作成させて所得を秘匿するなどしている一方、その所得の相当額を実名によって留保するなどし、秘匿の態様は一見稚拙に見えるものの、右は課税庁を侮る態度の下に行われたものともみられ、格別斟酌すべき事情とも認められない。また査察が入った後にも捏造した消費貸借、あるいは虚偽の申述がなされたなどを主張し、右を補強するために関係者を相手に民事訴訟を提起するなどしており、犯行後の態様も悪いというべきである。その他被告人は自己の関係する不動産取引について、各関係者に脱税のために裏金を交付し、あるいは架空領収書を交付するなど自ら脱税するだけではなく、第三者に対しても脱税の助力をしているのであってその反規範的な性格は顕著であるといえる。

以上によれば、被告人の本件の責任は重く、施設内において長期にわたる厳格な矯正処遇を受けるべきである。

しかしながら、被告人は、当公判廷において素直に自己の非を認め、二度と脱税に及ばない旨反省の情を披瀝していること、当初更正に対する審査請求は取り下げ、その後の平成四年三月一三日になさた増額再更正については何らの不服申し立てもせず、本税三億一三三五万四五〇〇円、重加算税三八五万五五六六円、延滞税四六一万〇七〇〇円を支払済みであること、未納税額のうち、一六四六万五〇〇〇円相当(平成四年九月二一日終値)の株券及び二五〇三万〇二〇四円の貸付金債権は国税局に保全されていること、従前、転々職を変え、人的及び物的裏付けのない社団法人を設立して、安易な活動をして日々を過ごし、苦労を重ね続けさせた妻において、なお被告人の帰りを子供らとともに待っていること、また被告人の兄姉、縁戚においても被告人の矯正に助力する旨誓約していること、出自たる長野県の古刹を血脈相称した被告人の長兄においてはその門跡を被告人に継がせたいとの意思があり、被告人においてもこれに応ずる気持ちがあるとともに檀家においてもこれを容認する状況も醸成されており、更生の途も開かれていること、従前道路交通法違反による前科のほか、格別の前科もないことなど酌むべき事情も存する。

以上の各情状のほか、その他諸般の事由を勘案し、その刑の選択及びその量定をした次第である。

よって主文のとおり判決する。

(求刑・懲役二年六月及び罰金一億五〇〇〇万円)

(裁判官 伊藤正高)

別紙一の1 所得金額総括表

修正損益計算書

別紙一の2 所得金額総括表

修正損益計算書

別紙二の1

脱税額計算書

別紙二の2

脱税額計算書

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